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環境省環境研究総合推進費S-13 持続可能な沿岸海域実現を目指した沿岸海域管理手法の開発環境省環境研究総合推進費S-13 持続可能な沿岸海域実現を目指した沿岸海域管理手法の開発

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2018年1月19日

平成29年度公開成果発表会の概要

日時
平成29年11月21日(火)10:00~17:30
場所
AP新橋虎ノ門 Room A

概要

平成29年度公開成果発表会は、AP新橋虎ノ門(東京都)で開催され、関係する研究者や行政関係者等が参加した。
まず、成果発表に先立ち環境省閉鎖性海域対策室長山本様から、研究開始4年目を迎えた環境省環境研究総合推進費S-13プロジェクト「持続可能な沿岸海域実現を目指した沿岸海域管理手法の開発」について、研究の背景や意義を含めてご挨拶を賜った。
成果発表においては、各テーマリーダーおよびサブテーマリーダーから、研究開始以来これまでの4年間に得られた研究成果について報告があり、今後のとりまとめの方向性等を含めて、活発な意見交換が行われた。

主催

環境省環境研究総合推進費S-13プロジェクト
公益財団法人国際エメックスセンター

目次 

総括 S13プロジェクトについて

国際エメックスエンター 柳 哲雄

テーマ1 閉鎖性海域・瀬戸内海における栄養塩濃度管理法の開発

S-13-(1) 栄養塩濃度管理法開発
西嶋 渉(広島大学)
S-13-(2) 干潟・藻場の栄養塩物質循環・生物再生産に果たす機能
多田 邦尚(香川大学)

テーマ2 開放性内湾が連なる三陸沿岸海域における沿岸環境管理法の開発

S13-2-(1) 遷移する沿岸環境監視とそれを応用した沿岸海域管理法開発
小松 輝久(横浜商科大学)
S13-2-(2) 森―川―海の栄養物質輸送機構の解明
門谷 茂(北海道大学)
S13-2-(3)1 森―海の物質輸送に果たす有機物の役割解明
吉村 千洋(東京工業大学)
S13-2-(3)2 森―海の物質輸送に果たす有機物の役割解明
坂巻 隆史(東北大学)

テーマ3 陸棚・島嶼を含む国際的閉鎖海域・日本海の海域管理法の開発

S13-3-(1)国際的閉鎖性海域の管理法提案
吉田 尚郁(公益財団法人環日本海環境協力センター)
S13-3-(2)1 日本海環境変動予測モデルの構築
森本 昭彦(愛媛大学)
S13-3-(2)2 日本海環境変動予測モデルの構築
広瀬 直毅(九州大学)
S13-3-(3)日本海高次生態系モデルの構築
郭 新宇(愛媛大学)

テーマ4 沿岸海域の生態系サービスの経済評価・統合沿岸管理モデルの提示

S13-4-(1)生態系サービスの経済評価
仲上 健一(立命館大学)
S13-4-(2)沿岸海域管理三段階管理法提案
日高 健(近畿大学)(代 立命館大 吉岡泰亮)
S13-4-(3)人文科学的考察に基づく市民と沿岸海域を結ぶ物語の発見・構築・継承
印南 敏秀(愛知大学)
S13-4-(4)対馬・五島の海洋保護区における漁業活動調整
清野 聡子(九州大学)

テーマ5 沿岸域管理のための統合数値モデル構築

S13-5 柳 哲雄(国際エメックスセンター)

S13-5-(1)志津川湾統合モデルの適用
山本 裕規 復建調査設計(株)
S13-5-(2)瀬戸内海統合モデルの構築
笠毛 健生 (株)エコー

総合討論

発表

総括 S13プロジェクトについて

国際エメックスエンター 柳 哲雄

S-13プロジェクトの研究はテーマ1~5で構成されている。テーマ1では閉鎖性海域としての「瀬戸内海」、テーマ2では開放的な内湾としての「志津川湾」、テーマ3では国際的共同管理が必要な「日本海」について自然科学の観点から研究している。テーマ4では社会科学・人文科学面からの研究を行っている。テーマ5としては、これらの研究成果をもとに「統合数値モデル」を作り、「協議会」に提案することにより「きれいで豊かで賑わいのある持続可能な沿岸海域(里海)」を実現し、その成果を世界に発信していく。
「きれいで豊かな海」を考えるため、横軸に「栄養塩濃度・負荷量」、縦軸に「ベントス現存量」をとると、栄養塩濃度が高い「汚くて貧しい海」と栄養塩濃度が低い「きれいすぎて貧しい海」との中間に「きれいで豊かな海」があるはずである。瀬戸内海では、透明度と漁獲量の関係から、平均透明度が6.5mの時、漁獲量40万トン、赤潮発生件数は100件程度となり、これが「きれいで豊かな海」であると考える。平均栄養段階のヒステリシスから、漁獲量が40万トンの時の平均栄養段階は3.0となり、この時の栄養段階の状態の海が良いと考える。平均透明度6.5mに対応するT-N濃度は0.27㎎/l、T-P濃度は0.027㎎/lでありこれが適正な濃度であると考える。これは2009年に比べてT-N濃度では1.2倍、T-P濃度では1.1倍であり、これを実現する発生負荷量はT-Nで1997年の1.4倍、T-Pでは1990年の1.3倍となる。環境省の2015年の調査では、大阪湾ではベントスが回復しており新たな平衡状態となりつつあると考えられる。
実際にはこのようにして各湾・灘毎に「目標透明度」を決め栄養塩管理を行うことになる。「賑わい」については「持続可能性統合指標」により表したい。「日本海」では、大規模・中規模・局所という「三階層管理」を提案する。最終的には「沿岸域管理手法」として、管理することが可能な負荷量などを「統合モデル」により定量的に予測し協議会に提示し、「B/C」で評価する。これを「PDCAサイクル」により順応的管理を行い「きれいで豊かで賑わいのある沿岸海域」を実現する。
この成果を日本語と英語で2019年中の出版を予定している。これらを踏まえ、環境省とも協議して政策提言として提案していきたい。

テーマ1 閉鎖性海域・瀬戸内海における栄養塩濃度管理法の開発

(1)栄養塩濃度管理法開発

広島大学 西嶋 渉

昭和47年ごろの瀬戸内海・大阪湾では広域的に赤潮が頻発していた。これを改善するため「総量規制」などが実施された結果、1970年ごろに比べて窒素は約4割、リンは約6割削減され、赤潮件数は100件程度になった。しかし、一方で漁獲は1980年代をピークに現在では半減している。このような状況から、2016年に瀬戸内法が改正され、「管理」という概念が導入され、プランクトンの過度の増殖を抑えるための「栄養塩の削減」重視から、「生物生産」や「海域特性」を重視することになった。
「生物生産」について、広島湾・安芸灘・燧灘を対象に調査した結果、基礎生産は湾奥で高く、湾口に向かって低くなるが、動物プランクトンの生産速度は沖合の方が高くなっている。これは、沖合の方が効率的に二次生産につながるプロセスであり、湾奥では生物6には利用されず底質の低下につながっている。瀬戸内海の過去からの基礎生産をクロロフィル濃度と透明度の関係から推定し、基礎生産の推移を推定した。1980年代にクロロフィル濃度が高かった大阪湾・広島湾・周防灘では、現在では大きく減少し、当時低かったところでの減少率は小さい。瀬戸内海全体の基礎生産は20%の減少であるが、これは大きく減少しているところの寄与が大きい。大阪湾では公共用水域調査結果に動物プランクトンのデータもあり、このデータを使って転送効率を解析した。クロロフィルの高いところの転送効率は非常に低く底泥を悪化させていたが、現在は良い方向に向かっている。漁獲量については2000年まではマイワシなどプランクトン食性魚の漁獲が大きく減少し、2000年以降はその他の魚種も減少している。その一方でカタクチイワシの資源量は増加傾向である。タチウオの減少が大きいが、エサはプランクトン食魚だけでなくエビ類など甲殻類も重要な位置を占めていることが分かった。
「海域特性」については、塩分とクロロフィルの関係を見ると、大阪湾・広島湾など沿岸に近く塩分の低いところでクロロフィル濃度が高くなる傾向があり、赤潮発生の分布と一致している。したがって淡水流入の大きいところでの管理が重要となる。
「管理・対策」としては、アマモ場の活用を提案する。アマモ場では春・秋に栄養塩を吸収し、秋から冬にかけて「流れ藻」として流出し栄養塩を放出する。赤潮の発生時期とアマモの繁茂期が一致していることからアマモによる赤潮の発生抑制が可能であり、秋には枯れて「流れ藻」として流出し栄養塩を放出することから、全体の生産にはプラスに働く。現状の分布状況でも全体の栄養塩負荷の数%の吸収があり、アマモ場の造成は有効な対策となり得る。

(2) 干潟・藻場の栄養塩物質循環・生物再生産に果たす機能

香川大学 多田 邦尚

瀬戸内海の藻場は1960年から、干潟は1898年から調査されているが、調査開始以降半分以下にまで減少した。流入河川のない「生島湾」のアマモ場、及び、栄養度の非常に高い「新川・春日川河口干潟」と、栄養度の低い大串半島の「前浜干潟」で物質収支の調査を行った。
「藻場」について、アマモの現存量・窒素含有量・成長速度から、繁茂期の窒素要求量を160㎎N/㎡/dayと推定し収支を計算した。1潮汐の調査でアマモの葉からの吸収は20 ㎎N/㎡/dayと推定されたが、根が底泥の間隙水から吸収する量を加えても窒素吸収量は要求量には足りないことになる。しかし、アマモの葉の窒素含有量の変化を調査したところ、降雨後のDIN濃度上昇時にアマモの窒素含有量が急激に増加していた。降雨で不足分が説明できる訳ではないが、アマモ成長のためには、降雨などのイベント時に急激に取り込む等して、複数の供給源より窒素を取り込んでいるものと考えている。
「河口干潟」においては、リンの流入量と流出量は同程度であるが懸濁態のリンが無機化され出ていく、窒素は4割程度がなくなっているがこれは脱窒であると考えられ、「自然の浄化槽」といわれる通り無機化が行われており有機物分解の場となっている。また、栄養度の低い「前浜干潟」でも同様に無機化していることが分かった。
このことから、「藻場・干潟の機能」としては、「干潟は窒素の分解・無機化の場である」こと、「藻場・前浜干潟の年間収支はほぼつり合っているが窒素の形態変化が起こっていること」が明らかになった。

テーマ2 開放性内湾が連なる三陸沿岸海域における沿岸環境管理法の開発

(1)遷移する沿岸環境監視とそれを応用した沿岸海域管理法開発

横浜商科大学 小松 輝久

リアス式海岸の代表である三陸海岸を対象に、環境省の「里海」の取り組みの一つである「森は海の恋人」を定量的に表すこと、津波によりダイナミックに変わった沿岸域を監視することを利用して「管理」することができないかということをテーマとしている。 「リモートセンシング」により、震災後における志津川湾の藻場の回復過程を監視するとともに、ウニの食害による磯焼け海域の可視化により面的な把握を行った。漁業者がウニを採ることで生物多様性を支える藻場を保全できることが提示できた。漁業が生物多様性を支える藻場を保全し、健全な沿岸生態系を支える「里海活動」であることの具体的事例である。 また、沿岸管理で重要なのは「漁業権」である。区画漁業権を管理するために、衛星データを使って「養殖筏分布のマッピング」を行い、震災前後のカキやワカメの養殖筏削減の状況を把握した。カキ筏の削減によりカキの成長が良くなり、筏削減台数の多い戸倉地区でより高い成長となっている。養殖筏の削減により成長が速くなるため生産性が向上し、かつ環境負荷も低減されることが明らかになった。 「森は海の恋人仮説の検証」については、開放性内湾では窒素栄養塩律速であり、栄養塩については河川の貢献は外洋の1/4である。鉄フラックスの寄与は河川流量に依存しており春は大きく夏は小さい。河川由来の有機物は湾内で生産される有機物より量的に少ない、ということが分かった。かなりの部分で窒素不足と思われる。「拡張レッドフィールド比」である程度目安はつくが、今後絶対値を加味することで湾の特徴を明らかにできる。 テーマ5との協働により地元へ各種の情報提供を行い養殖筏の削減効果を地元と協議したり、カキの「ASC認証」取得や藻場データを「ラムサール条約」の申請にも役立てており、このようなモデルやマッピングを使うことで、この結果は他のリアス式開放性内湾へも応用できると考えている。

(2) 森―川―海の栄養物質輸送機構の解明

北海道大学 門谷 茂

志津川湾における「マガキを主人公とした窒素循環」について報告する。流入3河川から志津川湾に供給される栄養塩負荷を1年半の実測データをもとに推定したところ、栄養塩供給量は秋から冬にかけて多く、栄養塩現存量は湾奥部の栄養塩プールの1~10%程度を占めていることになる。また、外洋から入る栄養塩は水系の違いで季節変動する。
「カキ養殖」の持つ機能について栄養塩循環の面から再評価する。カキは摂餌することから栄養塩の「シンク」であり、排泄することから「ソース」ともなる。また。「付着藻類」の機能も重要である。カキの排泄量の実測とカキの身の安定同位体比から付着藻類の10~30%がカキの餌になっていることが明らかになった。カキ筏1台当たりの付着藻類脱落量を実験に基づき推定したところ、52gC/台/dayと推定された。志津川湾の栄養塩現存量と排泄量の関係については、栄養塩プールの4%程度が1日当たりマガキを通して再生循環していると計算された。 四季にわたる窒素循環としては、「冬季は栄養塩が増加・蓄積し、春季に植物プランクトンが増殖しワカメも増大する、夏季にはデトリタス粒子が増加し栄養塩が枯渇する、秋季にはカキの生物量が多くなり沈降粒子が増加する」という窒素循環過程が明らかになった。

(3)1 森―海の物質輸送に果たす有機物の役割解明

東京工業大学 吉村 千洋

「溶存態有機物がミネラル分を錯体として水中に溶解させる」という機能に着目して「鉄仮説の検証」を行っている。「溶存鉄の原単位」については、志津川湾以外の流域も含めた河川水のサンプリングにより推定したところ、森林よりも水田や都市域からの負荷が比較的多く、針葉樹よりも広葉樹の方が安定的に流出しているという結果となった。河口域での「凝集沈殿特性」については、夏季の上流域の溶存鉄が高い残存率を示した。溶存鉄の「湾内分布」については、春に河川から高い濃度の鉄流入がみられ、夏季・冬季には湾央で半飽和定数以下になり鉄不足になる可能性がある。また、鉄の「酸化速度定数」は海水中の溶存有機物の方が河川水中の溶存有機物よりも低く、その生物利用性が高いことが示唆され、培養実験で鉄の「摂取速度」を調べた結果、鉄の生物利用性は河川水よりも海水で高いことが確認された。溶存鉄の「収支」については、河川の貢献度は外洋と比べ小さい。
暫定的な検証結果として、志津川湾全体では河川よりも外洋の方が溶存鉄の収支に対する影響が強いこと、また、周辺の他の湾と比較すると志津川湾は陸域の影響が比較的小さい湾として位置づけられることが推測された。

(3)2 森―海の物質輸送に果たす有機物の役割解明

東北大学 坂巻 隆史

湾内の粒状有機物についてフラックスの比較をしたところ、河川からの流入は一次生産や外洋からの流入に比べて小さく、カキのエサ要求量に対しては一次生産が圧倒的に大きいことから、大きなスケールでみると湾内ではカキにとって十分なエサが生産されているといえる。 「脂肪酸マーカー」による粒状脂肪酸の調査では、カキは珪藻や渦鞭毛藻のマーカー脂肪酸を高濃度で含有しておりそれらを選択的に同化していることから、陸上からの粒状有機物を直接カキが食べているという結果にはなっていない。「安定同位体比」からも同様のことが言える。懸濁物質の起源には季節変動があり、カキの脂肪酸組成は、粒状有機物と類似した季節変動をしている。
カキ養殖場の「環境影響」については、養殖場直下のDO計による測定結果では急激なDOの低下も見られる。また、カキ養殖場の内外各3点における調査結果では、水中の粒状有機物(POC)濃度は養殖場内で高く酸素消費も大きいことから養殖場はPOCのソースになっている。一方、底層の酸素消費活性は小さかった。養殖場内の有機物沈降フラックスは場外の7~18倍であり、底質には有機物の蓄積傾向がみられる。しかし、養殖場の内外で酸素消費の活性にはあまり違いはない。今後は沈降するものについて、起源や化学組成などを評価する等により、底層の貧酸素化に対するカキ養殖の影響を見積もりたい。

テーマ3 陸棚・島嶼を含む国際的閉鎖海域・日本海の海域管理法の開発

(1) 国際的閉鎖性海域の管理法提案

公益財団法人環日本海環境協力センター  吉田 尚郁

日本海は地球温暖化の影響による海水温の上昇が特に早く、東シナ海では中国からの栄養塩負荷の増加もあり、このような環境変化に対する物質循環の変化や生態系の応答を踏まえて環境管理を考える必要がある。そこで低次生態系モデル・高次生態系モデルを構築し日本海の変化を調べた結果、東シナ海の影響が非常に大きいことから、東シナ海を含めて日本海を広域的にとらえる必要があること、日本海の栄養起源は黒潮系水と東シナ海起源のものが大きいことが明らかになった。
将来変動シナリオとして二つの「気候変動シナリオ」と三つの「栄養塩変動シナリオ」について日本海の変動を計算した。この結果、栄養塩については東シナ海の栄養塩は増加するが中国の栄養塩排出がそのまま日本海に影響するのではなく、むしろ気候変動による水温上昇の影響の方が大きく、特に日本海北部での栄養塩濃度が高くなるという予測となった。
スルメイカとズワイガニの再生産について「輸送・卵生残モデル解析」を行い、東シナ海におけるスルメイカの産卵場所や日本海におけるズワイガニの日本海における産卵場所と移動の特定を行った。ここを効率的に保護することで持続的な利用が可能となると考えている。「日本海」は今後大きな環境変化が予測されるが、気候変動は地域ではコントロールできないので変動を早めに把握することが重要で、このためには、日本海と東シナ海を含めた「国際共同監視」や、広域的な栄養塩監視や保護海域を変化させる「動的海洋保護区」の導入が考えられる。
「富山湾」は陸域影響と外洋影響とのバランスを見るのに適した海域であり、富山湾を対象に「陸海統合管理」を検討している。富山県では温暖化に伴う降雪量の減少により冬季の河川流量の増加など水循環のシステムが変化しており、また、社会状況の変化により都市部での地下水利用の増加や水田の減少による涵養量の減少などの変化も考えられる。現在、海底湧水の栄養塩のシミュレーションをしており、今後、気候変動の影響もシミュレーションする予定である。県による「地下水利用指針の改定」など行政の動きとも合わせて研究していきたい。
最終的には、広域的管理・中規模管理・個別的管理という「三階層管理」として組み合わせて最終提案を予定しており、それぞれの海域でどのような問題点が発生しており、それに対してどのような対策が必要かを具体的に検討し「沿岸域管理手法」として提案したい。

(2)1 日本海環境変動予測モデルの構築

愛媛大学 森本 昭彦

東シナ海から日本海へ流入する栄養塩の変化に伴う日本海の応答について研究している。南水北調・三峡ダム・経済発展など中国の状況の変化により東シナ海の環境が変動しており、日本海への影響が変化する可能性があると考えられる。日本海を対象とする物理と低次生態系を結合したモデルを開発しており、その結果から、栄養塩については対馬暖流による影響が80%であり、日本海北部でも日本の流入河川の影響は小さいことが明らかになった。また、対馬海峡から日本海へ流入する栄養塩の変化を調べるため「東シナ海モデル」を作り対馬海峡に到達する栄養塩の起源を検討した。「黄河起源」の栄養塩は日本海には影響せず、日本海沿岸の栄養塩のほとんどは「黒潮起源」と「東シナ海起源」である。夏から秋には「長江起源」の流入は5%程度である。中国の影響が少ないように見えるが、長江の栄養塩を2倍にすると広域的に栄養塩濃度が上がり、日本海に流入する窒素供給量は大きく増加する可能性があると考えられる。「黄河起源」の水は実験結果でもほとんど対馬海峡には影響しない。

(2)2 日本海環境変動予測モデルの構築

九州大学 広瀬 直毅

長期的な100年スケールの予測を行っている。気候システムモデルでは日本海のスケールでは分解能の面からうまくいかないので再解析データを繰り返し与えている。日本海深層の過去50年分のデータでは、硝酸塩濃度は上昇傾向であり、DOは低下傾向になっている。気温上昇に伴う水温上昇予測は100年あたり1~2℃であり気象庁の予測と同程度である。50年程度までの上昇はあまり大きくないが、上昇シナリオを押さえても50年以降の上昇率は大きい。DINは温暖化による水温上昇とともに特に日本海北部で濃度が上昇すると予想されるが、これは水温上昇とともに高塩分化するため、鉛直対流が回復し、深層から表層への供給が増加するためと考えられる。また、朝鮮半島東岸の湧昇域が北上するが、これは朝鮮半島東岸の高DIN濃度が日本海北部へ移送され、鉛直混合により表層に供給されるためである。中国大陸の河川水起源の栄養塩は対馬海峡や日本海へはほとんど影響しない。これは、浅くて生産性の大きい東シナ海でほとんど栄養塩が使われてしまい日本付近まで届いていないためと考えられる。対馬海峡の栄養塩は黒潮深層の影響が強く、約8割と非常に多いので気候変動に対して安定しているという結果になった。

(3)日本海高次生態系モデルの構築

愛媛大学 郭 新宇

今年度は、温暖化のシナリオに合わせて、DREAMS(九州大学)を用いたスルメイカとズワイガニの資源変動の再現実験と海洋保護区の効果の評価、及び、富山湾の低次生態系モデルによる河川起源と地下湧水の栄養塩の役割の評価及び温暖化による河川水の変動予測を行っている。 「温暖化によるスルメイカへの影響」について、RCP8.5の温暖化シナリオにより、粒子の初期分布と日本海に生き残った粒子の50年後・100年後の状況を計算し、設定すべき海洋保護区の候補地を設定した。温暖化によりスルメイカの「産卵場」は分布密度の高い領域が北上するが粒子の総数の変化は小さい。「生残数」は分布領域が拡大するとともに北側にシフトし、総数が50年後は1.1倍、100年後は2.6倍と増加する。「生残率」は現在9.2%であるものが50年後16.8%、100年後24.2%に増加する。「海洋保護区」の候補地になり得る面積は50年後2倍、100年後2.9倍に増加する。 「富山湾低次生態系モデル」については、河川流量と栄養塩濃度、海底湧水を考慮した。なお、1日の河川流量を入力することで出水時の現象を表現できるものとしている。また、リン循環を追加している。温暖化による降水量の影響については、冬季の河川流量を2割増しに設定し、海底湧水の影響については河川の栄養濃度を2倍にすることにより表現した。生態系モデルによる感度解析結果では、河川水のN/Pが高いため、河口域ではリン制限であり、富山湾スケールでの地下湧水の影響は10%程度、温暖化の影響は10%以下でプランクトンのピークが早まるという結果となった。

テーマ4 沿岸海域の生態系サービスの経済評価・統合沿岸管理モデルの提示

(1)生態系サービスの経済評価

立命館大学 仲上 健一

テーマ4は社会科学・人文科学からのアプローチである。研究の背景としては、藻場・干潟の減少、漁民・漁獲の減少などの現状があり、それに対応する環境行政に求められる政策を研究する必要がある。このため、三つの対象海域について漁民・林業者・農業者がどのような意識であるかをこの4年間調査してきた。南三陸町においては「植林活動への支払い意思額」は漁業者5,192円、林業者4,957円であり、「志津川湾の環境保全活動がサステイナビリティに及ぼす影響」については、漁業者の85%、林業者の96%が「大いに影響がある」との回答であった。石川県七尾市(七尾湾)では「いしかわ漁民の森運動」の影響があるためか、「支払い意思額」は7,255円とより高い値であった。また、岡山県備前市(日生地区)では子供たちへの「環境教育」が未来の世代を作っていくという意識があることが分かった。後継者の確保状況を観点とした「漁業継続意思」については志津川71.5%、七尾71.9%に対し日生は45.4%であった。「海の利用における重要事項」としては「漁民の権利の優先」という回答が最も多く、次に「保全協議会の役割」を重視する回答も多かった。
「生態系サービス」については、1970年頃より論文が出されており、1990年代からは「サステイナビリティサイエンス」に展開され、2000年代には生態系サービスをベースとする「政策事項」として確立してきた。最近のコスタンザの論文では、4つの政策シナリオによる生態系サービスの計算の結果、2050年には「強固な個人主義」の場合は20%の減少であり、「政策の大転換」では生態系サービスは20%増加する等としている。里海が浸透することにより生態系サービスは増加すると考えられる。1997年のコスタンザによる評価などと比較し日本全域と瀬戸内海の藻場・干潟のフローとストックを比較した。さらに、20年前に実施された瀬戸内海の生態系サービスの経済評価では454兆円であったが、これと比較のため同じ方法で2015年に実施したところ、2,334兆円と高い値になった。
「サステイナビリティ評価」においては、「ステップ1 状態」、「ステップ2 能力」、「ステップ3 意思」という三段階の「動的サステイナビリティ評価」において、「きれい」、「豊か」、「賑わい」の各項目に対する評価指標を設定し評価した。評価基準にはまだ改良すべき点も多いが、これにより評価したところ、総合評価では、日生及び七尾は「A評価」であったが、志津川は震災後の防潮堤整備や人口減少などがスコアの減少に影響したため「B評価」となった。
今後、自然科学と人文科学のモデルを統合することにより管理を考えていくとともに、将来SDGsとのかかわり方についての方向性を明らかにしていきたい。

(2)沿岸海域管理三段階管理法提案

近畿大学 日高 健(代 立命館大 吉岡泰亮)

沿岸海域を多段階に分けて管理する仕組みについて研究成果を報告する。沿岸域管理において、管理には水質改善など「コントロール」と価値の創出など「マネジメント」の要素があり両面を考える必要がある。管理主体としては、政府や団体・市民団体・利用者等、官民多様な管理主体が存在し、方法としては「創造」・「支援誘導」・「規制」がある。協働管理におけるガバナンス階層は、制度を定める「政府の領域」から現場ルールを策定する「利用者の領域」までの階層があり、基本フレームとして、「里海・ネットワーク・沿岸域インフラ・海域連携」を管理内容と管理主体別に階層的に位置づけることができる。これに基づき沿岸域管理の取組を整理分類することにより、実行の際に役立てることができる。
「大阪湾」による取り組み組織として「大阪湾再生推進会議」があるが、ここ自体には権限があるわけではなく、行政組織の集合体でありそれに民間組織が連なった組織である。この組織により「大阪湾再生行動計画」が作成され、「美しい魚庭(なにわ)の海、親しみやすい魚庭(なにわ)、豊かな魚庭(なにわ)」で構成され、目標・施策・評価指標が策定されている。この他、瀬戸内法に基づく「府県計画」の他、「CIFER」、「大阪湾見守りネット」などの民間による活動があり階層的な管理主体が存在している。「チェサピーク湾」の事例では「パートナーシップ」により「順応的管理」がなされていることが特徴である。「七尾湾」においても石川県・七尾市・地域レベルによる階層的ガバナンスが構成されており、これがサステイナビリティ評価における高評価にも表れている。
沿岸域管理の基本フレームとしては、「利用主体と管理主体」があり「里海ネットワーク」が存在している。沿岸域管理のガバナンスは一般的なヒエラルキー組織ではなく、「ネットワークガバナンス(協働管理)」であり、現在は「多段階仮説」ということであるが今後実証していきたい。

(3)人文科学的考察に基づく市民と沿岸海域を結ぶ物語の発見・構築・継承

愛知大学 印南 敏秀

日本には長い間の海の文化があったが、今はそれが忘れられつつあり、これは大きな損失であり、里海の魅力や文化的価値を掘り起こし発展させ継承できるようにしたいと考えている。現場を歩いてみると、近年、日本海では漁獲量が減っただけでなく魚種も変化するなど現場が混乱している。また、40年位前までは日本人は「魚食民族」であったが2006年には肉食が多くなり「肉食民族」になっている。「神と人との連携」が希薄化していることも問題である。室町時代に完成した日本の魚食文化は戦前までは続いていたが戦後大きく変化しており、昭和初期の食文化を知る唯一の資料は「日本の食生活全集」であり、魚名や料理名など魚食文化の日本の中での広がりなどを現地調査し整理している。里海・里地・里山の資源の物質循環は重要な課題であり、海藻や魚醤等を利用した健康食品などの事例研究による物質循環の発見、里海と市民・漁民の協働による聖地の構築を進めている。日本には多様な魚介類の発酵文化がある。福井県のヘシコ、にぎりずし、イシル等のように伝統料理が最近は科学分析により再評価されつつあり新たな価値が生まれつつある。瀬戸内ではサワラの贈答文化があったが、最近では岡山の郷土料理として評価されている。「瀬戸内海(瀬戸内海環境保全協会)」、「海神-金毘羅(岩田書院)」、「岩風呂習俗の記録作成事業(文化庁)」など、幅広い媒体を通して里海や文化を紹介していきたいと考えている。。

(4) 対馬・五島の海洋保護区における漁業活動調整

九州大学 清野 聡子

今年度は、対馬・五島の「海洋保護区」を深め進展させるとともに、「対馬暖流のネットワーク」を形成し、他への適用を検討した。夏場の対馬・五島周辺は2年続けて異常な高水温で、五島や対馬周辺では海水温が平年より4℃高いような状況が続き生物の死滅などが深刻であった。日本の海洋保護区は2011年の「海洋生物多様性保全戦略」の定義では、「生物多様性の保全」、「持続可能な漁業」、「地域振興」の要素があり、他分野・多様な主体のコミットの多層性が重要である。「生物多様性条約」による「愛知目標」では、海洋保護区を2020年までに10%にする必要があるが現在は8%程度に留まっており各県が進める必要がある。
五島では、市の施策としてジオパークの取り組みや、名勝としての管理も進められているほか、ドローンを使ったハビタットマップの作製も進められている。「五島の海の自然を活かした地域づくりと人育てのためのシンポジウム」を行うとともに、「ジオパーク」を目指した取り組みが市の正式な政策となった。対馬では生物多様性の把握のため「環境DNA」のメタバーコーディング分析し、クラスター分析で沿岸の特徴の洗い出しを進めており、このような科学的手法の導入で目途がついたと言える。
また、「漁村文化」に関しては、黒潮文化の象徴である対馬西海岸の石塔調査を行ったが、韓国済州島や台湾澎湖島などがありこの調査から国際的進展につながる。対馬・五島は国境離島であるが、「沖ノ島」の世界文化遺産指定で海洋保護区「カテゴリーⅠ」が誕生した。日本・中国・韓国・台湾による「国際文化委員会」が9月に発足したが、今後、越境環境問題の解決のための広域的つながりとして、「対馬暖流流域海洋保護区ネットワーク」を形成していきたい。

テーマ5 沿岸域管理のための統合数値モデル構築

国際エメックスセンター 柳 哲雄

テーマ5で数値モデルの計算を行っているが、実際には、瀬戸内海と志津川湾に関する計算においては、環境行政を支えるコンサルの技術を高めるために民間コンサルに委託して行い、テーマ3では将来予測の精度に関わる問題もたくさんあるので大学の専門のモデラーにやってもらう。これらにテーマ4の人文社会科学を加えて「統合モデル」を作ることにしている。 このため、テーマ5では最初の2年間で部品モデルを作り、「志津川湾」では、何を・どこで・どれほど養殖をすれば持続可能な海洋環境と水産業が可能か、「瀬戸内海」では1950年代はどのような物質循環だったか、2050年にはどのようにすればきれいで豊かな瀬戸内海とすることが可能かを示す。「富山湾」では、温暖化に伴う河川水・地下水の変化に対してどのような対応策をとればきれいで豊かで賑わいのある富山湾となるかを示す。 モデルの「再現精度」に関しては、「ほぼあっている」は禁句にしており、コンサル3社から、テーラーダイアグラム、及び、RMSE・RRによる精度評価、潮流楕円の精度評価方法について提案があった。「統合」とは、「陸域・外洋・大気・海底を統合する」という意味であり、陸域と沿岸海域との相互作用を計算しようとしている。 「志津川湾」でのカキ養殖筏台数の削減による成長への影響や環境への影響変化を明らかにするとともに、ASC認証のためのデータを提供した他、ワカメ養殖とカキ養殖の相互関係などの計算を行い漁民にも提示し納得を得た。震災後の人口や畜産業の減により現在は栄養塩負荷量が減少しているが、今後南三陸町の将来計画の完成年度である2020年の予測を行い、こうしたらよいのではないかという提案を行う。また、レッドフィールド比の図で律速栄養塩を目に見えるようにしたい。 「瀬戸内海」では、流動に関しては450m格子で細かく計算し、水質・生態系では2,250m格子で計算を行うことで計算負荷を下げ、藻場・干潟の分布の最新データを入れ効果の計算を行う。アウトプットとしては1950年・2050年のクロロフィルa・イカナゴの漁獲量・栄養物質循環の再現と予測を行う。重点海域である広島湾では栄養塩管理を行うため負荷量や藻場・干潟を変えたらどうなるのかなど詳細な計算を来年度行う。瀬戸内海・志津川湾・富山湾において栄養塩循環、物質収支、高次への転送を構造的に明らかにして比較し、他の類似海域や世界への応用ができるようにまとめを行う。

(1) 志津川湾統合モデルの適用

復建調査設計(株) 山本 裕規

志津川湾を対象に、土地利用変化、外洋変動、養殖形態が養殖と海洋環境に及ぼす影響を統合モデルにより定量化し、持続可能な養殖と健全な海洋環境が両立するための提案を行う。志津川湾では震災後に養殖筏の削減が行われた。数値モデルは、栄養塩の流入や循環、ワカメによる窒素・リンの吸収と水揚げ、カキ・ホタテによる捕食や排泄・水揚げ等について、時間的・空間変化を計算するものである。震災前(ケース1:2009年)・震災後(ケース2:2014年)・将来(ケース3:2020年)を計算し地元協議会に説明するとともに、参考のため養殖の全くない状態(ケース0)を行い、総合評価を行ないながら持続的な沿岸海域実現のための適切な栄養塩濃度・養殖密度を定量化していくことを目指している。
現在のワカメ養殖が過密化していることから、「表層DIN」濃度は震災前に比較して低下しておりワカメの色落ちが懸念される。養殖を全くなくするとした場合はDIN濃度は回復する。「クロロフィルa」については、震災前はカキの過密養殖によりエサ不足状態にあったが、現在は筏削減によりそれほど減少していない。「底層DO」は震災前には4mg/lを下回るような貧酸素が発生していたが、現在は改善されている。「水揚げ」について計算した結果、カキ・ワカメの筏削減でも生産効率が良くなり、水揚げ量・水揚げ高とも低下はない。ワカメについては色落ちの発生がないよう筏の削減率を段階的に計算したところ、25%削減で筏1台あたりの収益が最も向上するという結果となった。これを「協議会」で提示したところ漁民の感覚とも一致した。
志津川湾においては、カキ養殖については現在の筏台数(震災前の1/3)を維持し、ワカメ養殖については湾奥部で筏数を25%削減することが、生産性が最も高く環境への負荷が小さい持続可能な沿岸海域環境の条件と言える。これらが志津川湾にとって望ましい姿であり、これを定量化することがゴールになると考えている。

(2) 瀬戸内海統合モデルの構築

(株)エコー 笠毛 健生

瀬戸内海では、「瀬戸内海環境保全特別措置法」の改正により、管理や持続可能な水産資源の確保などの項目が追加され、「豊かな瀬戸内海」を目指すことになった。瀬戸内海はそれぞれ接続する湾・灘の相互作用があることから瀬戸内海を一体的に扱うことのできる「瀬戸内海全域モデル」の必要性が提案されたため、外洋・大気・底質・陸域の影響と最終的には自然・社会・人文科学を結合した「瀬戸内海統合モデル」を構築し、環境管理施策の支援ツールとして活用したい。
今年度は昨年度実施した計算の再現精度の向上に焦点を当てモデルの改良を行ったので、これを中心に報告する。モデルは、沿岸域を対象に世界的に用いられている「POM」をベースとして使用し、流動計算を行った物理場をもとに水質生態系の計算に使用する。水平解像度は流動は海峡部の再現に着目して450m、水質・生態系は計算を短時間で行えるよう2,250mとしている。モデルの概要については、水質については植物・動物プランクトンに加えてアマモやカタクチイワシ・イカナゴも考慮する。底質は微細藻類やベントス、細菌も含んで計算する。 流動の計算結果については、水温・塩分の再現精度について誤差評価関数として「RSME」と「RR」で評価したところ観測値との誤差は小さい結果となった。潮流楕円の再現性についても長軸長・角度とも同様に誤差は小さい。水質・底質・生態系結合モデルにおける、表層クロロフィルa・透明度・DO・T-P・T-Nの再現性についても同様である。昨年度の結果と比べると、水平分布で播磨灘・紀伊水道のDOの過小評価が改善され、再現精度は向上している。RSMEとRRでも各項目とも誤差はかなり小さくなった。
また、瀬戸内海統合モデルを利用し、広島湾を対象としてネスティングにより格子サイズを小さくした水質計算を予定しており、藻場・干潟による水質浄化作用の「感度実験」により定量化を行う。瀬戸内海全域の「過去と将来の予測計算」については、海域の水質環境がヒステリシスを持って変動していることから、その原因となると考えられる底質性状や負荷量に着目して過去・将来の計算を実施することにしている。また、広島湾では藻場・干潟の造成による改善効果に着目した予測計算を行う。

総合討論

意見:印南先生の発表について、都市に人口が集中するという社会の流れがある中で、伝統への回帰や古来の生活・祭りを維持しながら漁村を賑わいのあるものにするにはどのようにすれば良いのかを伺いたい。

印南:地域の多様性を活かすことが必要だが、海に関する知識があまりないのではないか、文化と自然をうまくマッチさせることが必要。

柳 :このあり方がうまくいって伝統が残り次の世代につながるという成功例をリストアップすればどうか。

意見:インセンティブを与える具体的な方策、政策としてはどうすればよいのだろうか。

印南:これまであまり評価されていなかった「経験知」を、健康や安全など若い人に関心あるものに引き付けて意味づけ、現代的要素を加えることが必要ではないか。

仲上:人口が減り伝統が忘れられつつある。どのようなものが残っているのかを記録として残す必要があるが、それだけでは政策には結びつかない可能性が高い。越前町のカニのブランド化による成功例があるが、従来の枠の中だけでは議論できないところがあり、新しい環境政策を「里海物語」として理解してもらう必要がある。

清野:対馬のアマダイは有名であるが乱獲気味であり、若狭湾のアマダイと京都の顧客との関係などを参考に、乱獲を防ぐ仕組みを作るなど見直しに取り組んでいる。伝統を調べることで未来への多くのヒントを得ている。ブランド化などについても科学的データやバックグラウンドを提示する必要がある。

意見:地域の文化や伝統の価値を多様な指標で定量化しようとするものだと思うが、「経験知」など指標にどのようなものがあるかを洗い出して、それがどのように地域に位置付けられているのかを考えてみていただいてはどうか。

意見:サステイナビリティ評価の評価項目の「文化基準」の中に「食文化」を追加してはどうか。七尾、志津川、日生で海産物を使った食文化の有無を加えてはどうか。

仲上:途中段階であるので、良くなるように参考にさせていただく。

意見:生態系サービスの経済評価の「ストック価値」をどのように政策として活かすのか、国民の共感が得られるのか、具体的にどういうことを考えればよいのか。

仲上:生態系サービスを用いてどのような政策を作るかによって生態系サービスの価値が増減する可能性がある。コスタンザの論文は地球全体を対象にしているが、瀬戸内海・志津川湾・富山湾で「どのような政策をすれば生態系サービスがどのように変化し、どのような要素があるのだ」ということを提言することができる。定量的に示すことができるのでシナリオ作りに利用でき、沿岸地域の将来像を示すことができると考えている。

意見:何兆円という具体的な数字になった時、どういう意味を持つのか。省庁の縦割りがある中で、これを武器に環境省が何をすることができるのだろうか。

仲上:森林の場合、1970年で13兆円、10年後に40兆円、現在は110兆円になっている。従来は、森林の価値はあまりないといわれていたが、だんだん意識が高まっている。海の価値を評価している例はあまりなく、瀬戸内海で「ストック価値」が2,300兆円というとき、「生態系サービスの価値がある」ということができるのだと考えている。

意見:海の価値を使って海洋保護区でどこをどのように守ればどうなるのかということには結びつかないのだろうか。

清野:保護区は「生態系のストック」として考えることができる。対馬や五島では残すべき自然が残っていたから漁業者が存続でき生きていける、歴史文化価値を壊さず未来へ受け継ごうという文化的価値もあると思う。歴史文化と生態系と景観が残っているところに新しい価値が出てくると思う。

柳 :テーマ2の宿題で、「森は海の恋人か、他人か、知り合いか」どうかの結論は出るのだろうか。

小松:「森は海の友達」程度ではないかと考えている。これは志津川湾協議会で森川海の物質循環の研究結果を発表したところ、参加した漁業者から先に「森は海の友達ではないか」という話が出たので驚いた。というのも、協議会の事前に打ち合わせをした時に、メンバーから、「森は海の恋人」ではなく、「友達」程度ではないかと話し合っていたからである。内湾環境に及ぼす広葉樹林の効用を鉄で説明することはできないが、森林の多面的機能、例えば土砂の流出防止や微量物質の供給などは、見直していく必要があると考えている。

意見:「鉄仮説」という言葉を使われているが、英語の「鉄仮説(Iron hypothesis)」とは意味が異なるので英語表記は検討願いたい。また、七尾湾などあちこちの地域で「PFCバランス」の三角ダイヤグラムがどうなるのかを示せれば地域特性が反映されるので非常によいと思うがどうか。

柳 :志津川と日生等でもし作成が可能ならお願いします。

意見:1950年代頃や100年前はどうだったのかをスタートポイントにしてエンドポイントを導き出さなければならないのではないか。当時の陸域からの栄養塩供給の寄与率はもっと多かったのではないか、現状のモデルで使っている流域負荷量は人口減などで将来どんどん変わると思うが、評価はどうか。

柳 :それは逆で河川からの供給は昔はもっと少なかった。太平洋の外洋影響は変わっていない。瀬戸内海の透明度のデータは明治・大正までさかのぼれる。

門谷:漁獲量のデータは、明治26年で8万6千トン、1920年ごろから戦前ぎりぎりまで、戦後は1950年頃からデータがある。

意見:1980年頃から瀬戸内海周辺の里山が荒廃したことが栄養塩の供給を下げたのかと思っていたが。

柳 :志津川湾では窒素やリンの原単位は大きくない。

意見:洪水時の評価がきちんとできていないので過少評価になるのではないか。里山や里地の生態系が貧弱化し生物相が減ったことが洪水時に海への供給を減らしているのではないか。

夏池:先ほどの質問にあったように「鉄仮説」の日本語と英語の意味は違っている。英語の鉄仮説(Iron hypothesis)は「外洋域で鉄濃度が少なく植物プランクトンの増殖にとって律速になっている」という意味であり、日本語の鉄仮説は「森林から供給されるフルボ酸鉄が沿岸域にとって重要である」ということが、なんとなく社会的な説として形作られていると認識している。英語で書籍化するときは定義を明確にする必要があると考えている。洪水時の評価についての重要性を認識しているが、洪水時の調査の難しさから実施できていない。流域の利用形態の違う河川でのデータ取得を検討しているところである。

小松:三陸では津波で塩性湿地がつくられ、長い時間をかけて陸地になるという生態遷移が80~100年周期で繰り返され、塩生湿地からは海で利用可能な鉄が供給されていたのではないかと考えている。しかし、高度経済成長期以降に埋め立てをして、塩生湿地はなくなってしまい、今回の津波で塩生湿地が戻ったが、震災前の陸地に戻す震災復旧工事で再び埋め立てられてしまって、今はなくなった。生産性が高く生物多様性が高い豊かな持続的な沿岸環境を実現するために、どのようなエコトーンが重要かを考える必要がある。山から供給されるということでは、瀬戸内海などでは江戸時代はアマモ・ガラモなどの海草や海藻を肥料として使うなど、人間が介在することで陸と海の間の物質循環が太く長くなった。これが里海である。

意見:「瀬戸内海統合モデル」で「1950年のきれいで豊かである瀬戸内海を再現する」ということだが、これを目標にするということなのか。1950年ころは平均海面が高く外洋起源の栄養が最も少なかった時期で、100年間のピークの時期にあり、栄養塩が少なく最もきれいだった可能性ある。「目標透明度6.5m」について、藻場・干潟の減少は不可逆的に変化しているところもあり元どおりには戻らないし、外洋起源は変動している。ヒステリシスを底質だけが決めているわけでなく、いろいろな要素がある中で、目標透明度や栄養塩濃度の設定の論拠をきちんとする必要がある。漁獲量についても変動するもので、85年にたくさん獲れていたといってもイワシが獲れていたのであり、80年代に漁獲量のピークがあるが、むしろそれ以前の方が健全であったと言えるのかもしれない。多ければよいというものでもない。

柳 :昭和25年でも30年でもよいがデータがそろえられるところで、富栄養化以前の瀬戸内海ではどう回っていたのかを知る必要がある。目標透明度の論拠等については詰めを考えます。

意見:環境省としては「生産性」だけでなく「多様性」も重要である。「平均栄養段階」についても海域によっては直接多様性を示していないかもしれないので、数字の妥当性を含めてもう少し検証していただけるとありがたい。

柳 :食物ピラミッドについては、香川水試での「エコパス」による研究があり、平均栄養段階の高い食物連鎖についてもきちんと作るようにする。

意見:生態系モデルで定量的な数値が出せるが、経済性評価においてもそのようなことができる可能性が高い。印南先生のお話はキャラクタリゼーションはできるが定量化が難しい。そこにアプローチの方法論が出てくると良いと思う。重みづけの合理性をどう考えるかが重要だと思っている。

仲上:最終アウトプットに向けて、使い道と同時に、政策的方向性を見出せるよう注力したい。

小松:志津川ではギンザケ養殖もやっており、地元との協議会での議論の結果、来年度「海底耕耘」をやろうという機運が出てきた。カキ養殖に続いてワカメやギンザケ養殖についても「ASC認証」を取ろうとしている。南三陸町では「FSC」も取得しており「自然と共生するまちづくり」をやろうとしており、我々とタイアップすることで町全体が動いている。自然を基にしたまちづくりが進んでいる。この取り組みがモデルになり他の養殖している地域の参考になる、ということがこの研究成果であると考えている。

参照

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